アルケスの雨

あなたは愛するすべてとなってわたしをよろこばせる

2021年3月の日記 ~マンエフェから支配欲だらけの自分と原罪を知るなど

 

マンデラエフェクトなのか?いろいろなものに「あったはずの光」がなくなった。人間の顔の表情が違う、まとまりがない。過去の写真まですべて変わっている。

 

・物質的執着がことごとく失われた。うずまきの前で自分のものになるものなど何一つない。逆に言えば、すべてが神の粒で自分と世界に境界はなく、わたしは常にすべてを所有しているといっても良いかもしれない。

 

・愛は許しでもあり敬いでもあり一切を受け入れること。だから目の前にいる人の魂が眠っていても、起こしてやろうということなく、眠っている相手をまず受け入れる。

 

・地球にいる多くの人は予測可能性=支配を強く望み、その裏返しとして予測のできないもの=支配できないものを恐れる。ここで普段見ている「現実」は法則の寄せ集めで、ほとんどの物事は「ああすればこうなる」ようになっている、ある種の楽園。恐怖の強い人たちの治療施設のようなものかもしれない。それでもまだ怖くて支配しなければ気が済まず、いつまでも抜け出せない・・・という感じ。

 

・支配することは依存させること、または所有すること。好きだからこそ予測可能性・再現性を求める。でも、予測不可能なことが怖いのは嫌なことばかり想像するから。予測を超えた嬉しいサプライズ(奇跡、うずまきからのプレゼント)を受け入れられないのは悲しいことだ。

 

・「信頼」にも二種類あって、「この人は自分の支配下で予測可能性が高い」というのと、「予測を超えたことをしても受け入れられる愛」という意味の信頼。

依存させて所有することはレプティリアンの得意技。そうやって得られる「信頼関係」は「主従関係」。支配しているつもりでも、支配されている、支配しあっている。恐怖を食べるということは、食糧として依存しているということ。恐怖の強い者同士は惹かれ合う。そこに主従はあってないようなもの。

 

・「あなたなしでは生きられない」といわれることが無上の喜びというのは、相手のことを信頼できていない証。さらに言えば自分のことも信頼できていない、愛せていない。愛される存在であると信じられない。

 

・この世界に偶然配置された自分(を含む世界)を集中して観察し、一瞬一瞬のすべてを完成と認識=受け入れること。それを思い出すと支配衝動がスーッと消えていくことがわかった。

 

・対象を不完全だと見ることは「完成させたい」という衝動が簡単に生まれるので、引力に身をゆだねるだけで動けて楽なんだ。乳化剤と同じで、楽をしようとしていた。完成から完成へ、確固とした意志をもって御心のままに移ろわせたい。

 

・何も考えず寝起きのような状態でただ生きるということができるようになってきた。